「画面の向こうへの気遣い」について

 

私は、このブログの他にメインブログを書いています。

メインブログでは、お仕事も受けています。

 

 

それでも、サブブログを立ち上げてまだ書きたいと思うのだから、私は書くのが好きなのかもしれません。

作文は嫌いだったのに、意外です。

 

 

 

画面の向こうにいるのは???

 

私は、メインブログを1年以上運営していること、ブログ歴は2年以上になることもあって、ブログを通して知り合った、ブロガー仲間がそこそこ?たくさん?います。

その中にはオリジナルの商品を立ち上げて活躍している方もたくさんいます。

 

 

 

それでよく聞くのが、「画面の向こうにいるのは生身の人間だから」という言葉です。

 

 

 

たしかに。

 

 

 

私は今パソコンという機械に向かっていますが、パソコンの画面の向こうで私とつながっているのは「人」です。

 

 

 

気遣いって何だろう

 

「画面の向こうにいる人」が、何かを投稿する。または公開したとします。

繋がっているみんな、手放しで絶賛しすぎじゃなかろうか。

 

 

 

称賛するに価しないと思ったときに、「スルーする」というのは割とスタンダードな反応のしかただと思います。

それは大いにありだと感じています。(スルーは立派な反応の1つだと思うので)

 

 

 

だけど、どう見てもすぐ直せるレベルの間違いがあるのに、だれも指摘しないのは何なんだろう。

 

 

 

例えば、些細なコーディングのミスとか。

もっと言えば誤字とか。

ちょっとした勘違いとか。

 

 

 

誰も指摘しないのは、気づかないのか、無関心なのか、はたまた過剰な気遣いなのか。

 

 

 

画面の向こう側にいるのは、確かに生身の人だけれども、指摘した方がその人のためになりそうな些細なことさえ指摘せずに称賛するのが本当に気遣いなのでしょうか?

 

画面の向こう側の人を、信頼していないように私には見えます。

 

 

 

「気遣い」とは何なのか、考えたくなります。

 

 

「気遣い」に関する私の考え

 

私なら、間違いはどんどん指摘して欲しいです。

気が付かないまま間違った情報を配信し続ける恐怖の方がずっと大きいです。

 

 

ちなみに、「やらかしたぞお前!!!」というレベルの大ミスは、言葉を選んでそっと指摘して欲しいです笑

 

 

 

逆に、オンラインでしか繋がっていなくても。大事な人の投稿や記事にミスや勘違いを見つけたら、そっと指摘するようにしています。

 

 

 

これからたくさんの人の目に触れるコンテンツだからこそ。

そんな凡ミスで信用を落としてほしくないからこそ。

 

 

そして、その方が、そんな指摘で腹を立ててどうこうするような器の小さな人じゃないと信頼しているからこそ。

 

 

 

 

 

だから、良かれと思ってのちょっとの指摘に腹を立てるような方なら、距離を置いてもいいや、とすら思っています。

 

 

「気遣い」が「保身」と同義になっていないか

 

気遣いって、いい言葉です。

人当たりもいいし差しさわりもない。

 

 

 

でも、「気遣い」がいつのまにか、自分が傷を負わないために「気を遣った無難な感じにしておく」ことと同義語になっているような気がします。

 

 

 

「気遣い」とは、本来そのような言葉ではないはずです。

「気配り」と同義語であると解釈される時ありますが、本来他者のための言葉であるはずです。

 

 

 

情けは人のためならずだけど…

 

 

 

他者の気持ちや立場や状況を慮ってするはずの気遣いが、「いや、それ波風たてないためじゃないの…?」という気遣いに見えることが多かったので書きました。

 

今日はここまで。

 

読んでくれてありがとう!!

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